今は、ネタも出尽くしたせいかかなり少なくなったように思うが、昔はハリウッドでもラブロマンスものの映画があふれかえるほどに存在していた。有名は俳優が出ていたりすれば、それは間違いなく大ヒットしていた。私は昔から、そういう種類の映画にはあまり興味がなかったので、わざわざ映画館で見ることはなかったが、友人などは見たがっていて、誘われて仕方なく見に行ったことなどがあった。元から興味がないので、やはり面白いと思ったことはなかった。しかし最近は、純粋なラブロマンスものの映画は本当に減ったと思う。先ほども書いたが、ネタがなくなったのだろう。何しろ邦画をリメイクするほどなのである。昔のハリウッドでは考えられないことだった。サスペンスやアクションものに、恋愛模様を絡ませるようなものが増えてきた。むしろ、そういうものが一切ない様な映画も増えたように感じられる程だ。退屈な男女の心情を見せられるより、手に汗握るスタントの方が面白いと感じるようになったのだろうか。そう思うようになったということは、皆がラブロマンスものに飽きたということなのだろう。ネタが新しくても、今ではもうそんなに大ヒットすることもないだろう。よほどしっかりとした脚本でない限り、かなり難しいことだと思う。しかもアニメならともかく、実写でのヒットは無理だろう。だからこそ、ラブロマンスものの映画が激減したのだろう。ヒットしないものにお金をかけることはできない。だから、大して内容もないアクションものが手に取る様に増えたと感じるのだろう。
私はいい年をしていますが、よく漫画を読みます。思春期の頃からラブロマンスが好きだったので、少女漫画を何十年も買い続けていました。ですが、数年ほど前から少女誌は買わなくなり、もっぱら漫画は少年誌のばかり読むようになってしまいました。決してラブロマンスものに興味がなくなったわけではなく、少女漫画に描かれる恋愛が、全般的にあまりにも質が低下してきたような気がしたからです。恋愛における解釈はそれぞれなので、私が時代について行けないのだと言われればそれまでなのですが。
私が思春期だった頃は、今のようなインターネットやテレビゲームなどは当然なく、ラブロマンスに関する物に触れる方法と言えば、映画、小説、漫画くらいのものでしたね。いつの時代も年頃の女の子は、素敵なラブロマンスを擬似体験していたと思うものです。私達の世代でそれを経験するには、少女漫画誌を読むのが一番代表的な方法だったと思います。また、当時の少女漫画には、良質の恋愛物がたくさん掲載されておりましたし。
人々は、恋愛や、純愛というものに憧れを抱く生き物です。しかし、恋愛や純愛というものが純粋に楽しめるのははじめだけです。いくら相手が魅力的な異性だとしても、ほとんどの人は間違いなく飽きます。したがって、自分はラブロマンスというものに価値は見出せないと思います。人というものは、モチベーションさえあれば、無限に成長を続けることができる生き物です。ところが、そのモチベーションを異性に求めるという発想はオススメできません。
自分の生活には、胸がときめくような出来事がどんどんなくなってしまって久しいのですが、やはり、時々、心がときめくような体験をしたいと思う欲求があります。そういう時に、面白いラブロマンスの映画や連続ドラマを見ると、ときめきを感じることが出来ます。まさかの展開を迎えて、障害がいくつも起こりながらも、運命の相手とのハッピーエンドを迎えるというストーリーが多いですが、この定番こそが、ラブロマンス作品の魅力です。ストーリーは、最後の最後にハッピーエンドになると思って見ていると、時々、期待を裏切る切ない別れがラストにやってくるラブロマンスもあります。
私は二つ上の姉がいた影響で、小学生くらいの時からどっぷりと少女漫画を読んでいた女の子でした。少女漫画の普遍的テーマというと、やはり何と言っても恋愛、いわゆるラブロマンスと呼ばれる物だと思いますが、意外な事にラブロマンス自体が、作品のテーマになっていた物はそれほど多くなかったのではないかと思います。恋愛要素はありますが、内容の軸となる物は、あくまでもヒロインの生き様だったり、目指す夢だったりと、世間一般が思うほど、少女漫画はラブロマンス一色ではなかったです。ただ、どんな内容の少女漫画にしろ、浅深の差はあれど、必ず色恋話は挿入されていましたね。それがないと少女漫画のカテゴリーではなかったからでしょうか。